
OpenAI、推論保持とコンパクションでARC-AGI-3スコア3倍化
OpenAIの最新モデル「GPT-5.6 Sol」が、ARC-AGI-3ベンチマークで当初のスコアを約3倍に伸ばした。わずか2つのAPI設定を切り替えただけである。単にベンチマーク成績を上げただけでなく、出力トークン量も6分の1に削減した。
GPT-5.6 Solは数学の未解決問題を証明し、ポケモンなどのゲームをクリアする実力がある。それにもかかわらず、2Dパズルゲームで構成されるARC-AGI-3では開始直後ほぼ無力に見えた。スコアはわずか7.8%である。
問題はモデルそのものではなく、評価を実行する「ハーネス(テスト環境)」の設計にあった。OpenAIが本番環境で使っている推論保持とコンパクションを適用したところ、スコアは13.3%から38.3%へと跳ね上がった。これは人間の平均スコア(48%)に大きく近づく数字である。
なぜGPT-5.6 SolはARC-AGI-3で苦戦したのか

ARC-AGI-3ベンチマークの概要
ARC-AGI-3は、AIエージェントが未知の2Dゲームを探索しながらルールを推論し、自力で解く能力を測るベンチマークである。人間には直感的に分かるような簡単なパズルでも、AIにとっては説明なしに仕組みを理解するのが極めて難しい。
このベンチマークは、AIがどれだけ「学習し、推論できるか」を厳密に評価するために設計されており、特殊なツールや支援機能は一切与えられない。公式が用意するハーネスは、どのモデルでも同じ条件で比較できるよう、意図的に簡素な作りになっている。
公式ハーネスの2つの問題点
OpenAIの調査チームは、GPT-5.6 Solがゲーム内でひとつ行動するたびに「思考が真っ白に戻っている」ことに気づいた。公式ハーネスは、次の行動を起こす前に、モデルが直前に行った非公開の推論メッセージをすべて破棄していた。
一連の行動記録や簡単なメモは残るものの、その行動を導いた計画やひらめきは記憶に残らない。つまり、モデルは毎ターン、ゲームの仕組みを一から考え直さなければならなかった。
さらに、会話のコンテキストが長くなると「ローリング打ち切り」が発動し、古い行動履歴から順に削除されていく。推論が消えたうえに、過去の行動すら見えなくなるため、長期的な学習がほぼ不可能だった。この2つの設計が、GPT-5.6 Solの性能を著しく抑え込んでいたのである。
この図のように、ハーネスの設計ひとつで、同じモデルの振る舞いが大きく変わる。単純な推論保持と圧縮によって、アシスタントとしての性能が劇的に改善することをOpenAIは示した。
推論保持とコンパクションがもたらした改善

推論保持の効果
GPT-5.6は、ChatGPTやCodexでも使われている仕組みとして、返答やツール呼び出しの前に非公開の推論メッセージを生成する。通常、この推論は会話履歴の一部として保持される。公式ハーネスではこれが破棄されていたが、OpenAIのResponses APIを使うと、前のレスポンスIDを次に渡すだけで自動的に推論が引き継がれる。
推論が保持されると、2つの大きな変化が起きた。まず、毎回ゲームのルールを最初から解釈する必要がなくなり、1回の行動にかかる思考時間が短縮された。次に、過去の思考を思い出せるようになったことで、モデルは時間をかけて学習し、一貫した戦略を取れるようになった。
コンパクションの効果
公式ハーネスは、コンテキストが175,000文字を超えると古いメッセージを削除する「ローリング打ち切り」を採用していた。これに対し、Responses APIのコンパクションは、会話が長くなったときに内容を要約して保持する。これにより、過去の観察や行動を失うことなく、より少ないトークンで同じ情報を維持できる。
コンパクションを有効にした環境では、GPT-5.6 Solはゲーム内で学んだことを長いプレイ時間にわたって保持しやすくなり、スコアがさらに向上した。結果として、出力トークン数も大幅に削減された。
パフォーマンスの大幅向上とトークン削減

公開タスクセットにおいて、公式ハーネスでのGPT-5.6 Sol(max)のスコアは13.3%だった。推論保持とコンパクションを適用した結果、38.3%まで上昇した。これは約3倍の改善であり、出力トークンはおよそ6分の1に減少している。
スコアに用いられている「RHAE(Relative Human Action Efficiency)」は、人間のパフォーマンスを基準にした指標である。ARC-AGI-3の公式プレイヤーログから推定される人間の平均スコアは48%であり、GPT-5.6 Solはその80%近くに達した。この数字は、適切なハーネスがいかに重要かを雄弁に物語る。
実務開発者への示唆

Responses API の活用推奨
OpenAIは、API利用者に対して、旧来のChat Completions APIではなくResponses APIを使うこと、そして推論保持とコンパクションを有効にすることを強く推奨している。これらの設定は、ChatGPTやCodexなどのプロダクトで実際に使われている本番構成と同じである。
特に、エージェント的な挙動や長期的なタスクをAIに任せる場合、推論保持とコンパクションは必須に近い。実装上の手間は最小限であり、Responses APIを使えばレスポンスIDを引き継ぐだけで実現できる。
ベンチマーク比較の注意点
今回の事例は、ベンチマーク評価がモデル単体の能力だけでなく、API設定やハーネス設計といった目に見えない要素も測っていることを思い出させる。低いスコアが報告されても、それはモデルの本質的な限界ではなく、評価環境の不備かもしれない。
OpenAI自身、過去にも公開ベンチマークで成績が低く驚いた後に、評価ランナーが推論メッセージを捨てる汎用ハーネスを使っていたことに気づいたという経験がある。モデルを比較する際は、ChatGPTやCodexの実運用に近い設定で評価された結果を基準にすることが望ましい。
この記事のポイント
- GPT-5.6 SolはARC-AGI-3で当初7.8%のスコアだったが、API設定変更後は38.3%まで向上
- 推論保持を有効にすると、過去の思考を再利用でき学習効率が上がる
- コンパクションによって古い情報を要約し、少ないトークンで文脈を維持できる
- Responses API を用いることで、ChatGPTと同等のパフォーマンスを引き出せる
- ベンチマーク評価にはハーネス設計が大きく影響するため注意が必要

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