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Microsoft Discovery GAとDiscoveryアプリプレビュー

Microsoft Discovery GAとDiscoveryアプリプレビュー

マイクロソフトはMicrosoft Buildにおいて、研究開発向けエージェントAIプラットフォーム「Microsoft Discovery」を一般提供開始した。同時に、研究者がローカル環境で利用できる「Microsoft Discoveryアプリ」のプレビュー版も公開された。

このリリースは、科学研究におけるAIの役割を単なるアシスタントから、反復的な実験計画や仮説検証を統括する「研究の中核」へと引き上げるものだ。製薬業界の新薬探索や材料工学の最適化問題など、複雑な条件が絡み合う領域での利用が見込まれている。

従来のチャット型AIとは異なり、このプラットフォームは専門的なモデリングツールや実験データと連携し、人間の専門家による判断プロセスを補強する設計がなされている。大規模な組織の研究開発(R&D)ワークフローに、再現性と透明性をもたらす点が最大の特徴だ。

エージェントAIによる研究開発ワークフローの再現性確保

エージェントAIによる研究開発ワークフローの再現性確保

科学研究の突破口は、一度のひらめきで生まれるものではない。仮説、実験、改良、レビューという繰り返しのサイクルの中からしか姿を現さない。Microsoft Discoveryは、この本質的なループ構造を組織的に管理し、加速させるために作られた。

従来の単発AIアシスタント (Before)
研究者 質問 チャットAI 回答
※回答には根拠が乏しく、検証や再現が難しい。ツール連携も限定的。
Microsoft Discoveryのエージェントループ (After)
人間の専門家 仮説立案 エージェント実行 ツール連携
証拠と引用付きの回答
再現可能なワークフロー
組織固有の知識との統合
※「実験→評価→次の仮説」という科学的ループをシステムが補強する。人間の判断が中心に残る設計。

このプラットフォームの中心にあるのが「Microsoft Discovery Engine」だ。これはエビデンス(証拠)から仮説を導き出し、AIエージェントが各種のシミュレーションや分析ツールを呼び出して検証し、次のイテレーションへ進むという一連の流れを支える。Azure Blogの記事によれば、このエンジンは「単発の分析を超えて、比較検討や前提の疑問視を繰り返し可能な形で行える」よう設計されている。

プロダクション環境で求められる信頼性

研究開発の現場にAIを持ち込む際、最も難しいのは「信頼」の確立だ。Microsoft Discoveryの一般提供版では、以下の要件が重視されている。

  • ワークフローの再現性
  • 出力結果のレビュー可能性
  • 企業固有の知的財産の適切な統治
  • 既存のR&D組織の運営モデルへの適合

つまり、AIが出した「答え」だけを信じるのではなく、その推論の道筋を後からなぞり、専門家が納得できる形で提示することが求められている。これは、ブラックボックス化しがちな大規模言語モデルの弱点を補うアプローチであり、規制の厳しい製薬業界や材料産業での採用を後押しする要素だ。

ローカル環境を拓く「Discoveryアプリ」のプレビュー公開

ローカル環境を拓く「Discoveryアプリ」のプレビュー公開

組織全体での大規模な導入と並行して、マイクロソフトは個人や小規模チームがすぐに利用を開始できる「Microsoft Discoveryアプリ」のプレビュー版もリリースした。これは、企業のIT部門による本格的なデプロイを待たずに、研究者が自身のマシン上でエージェントAIの能力を試せるようにするための入り口だ。

Discoveryアプリ (Preview)
🧑‍💻 ローカルPC
個人 or 小規模チーム
🤖 仮説生成
文献探索/実験計画
☁️ 将来の連携
本格的なDiscoveryプラットフォームへ
要件 GitHub Copilotアカウントがあれば即日開始可能。オープンソースとして提供。
フルプラットフォーム (GA)
組織全体のR&D ガバナンス統制 シミュレーション連携 実ラボ自動化

このアプリは、学術研究室や学生が「まず触ってみる」ことを最重要視している。研究のアイデアが小規模なプロジェクトや個人の探求から始まることは珍しくない。そこから成果が成熟し、より高度な制御や大規模な計算リソースが必要になった段階で、クラウド上のMicrosoft Discoveryへシームレスに移行できる点が特徴だ。

最先端の現場における応用事例

最先端の現場における応用事例

プライベートプレビュー期間中、各分野のリーディングカンパニーとの協業を通じて、このプラットフォームの実践的な価値が検証された。単なる概念実証ではなく、実際の製品開発や学術研究のスピードを変えつつある。

バッテリー科学での分子設計ループ

イェール大学工学部とマイクロソフトリサーチの共同研究では、大規模蓄電向け「有機レドックスフロー電池」の電解質分子設計にDiscovery Engineが利用された。この問題は、酸化還元電位や水溶性、合成のしやすさなど、相反する複数の物性を同時に最適化する必要がある極めて複雑なものだ。

エージェントAIは、実験から得られたデータを解釈して次の候補分子を提案し、さらに診断的な実験計画を立案する役割を担った。実際の実験検証と結果の評価は、人間の専門家が主導している。イェール大学のDavid Kwabi准教授は、この枠組みが「人間主導の実験の強みと、AIの広大な化学空間探索能力を組み合わせたもの」と評価している。

半導体から生命起源まで

Syensqo社は、次世代半導体製造用の熱伝達流体の開発にこの技術を適用し、研究から営業、マーケティングまで含めたビジネス全体の意思決定速度を向上させている。ジョージア工科大学では、生命の起源に関わるアミノ酸「ヒスチジン」の生成経路を、複数のAIエージェントが質量分析データや文献情報を統合して再評価するユニークな試みが進められている。

これらの事例に共通するのは、AIが「単独で答えを出す」のではなく、人間の研究者とツールの間に立って「探索と検証のサイクル」を加速させている点だ。BHPのJessica Farrell氏は、銅の浸出技術開発において「無限に近い可能性の領域を、実用可能な少数の選択肢に絞り込めた」と述べ、数か月単位での成果創出に貢献したことを示唆している。

🔋 バッテリー
イェール大学 エージェントが次の実験候補を提案。専門家が検証を主導するハイブリッド型研究の実証。
🧬 バイオ
Ginkgo Bioworks Discovery上で実験計画を立案し、Ginkgo Cloud Labの自律ラボで自動実行。
⛏️ 鉱業
BHP 従来数年かかった銅の浸出技術の探索を、わずか数か月に短縮。
📜 文献
Wiley 100万以上の信頼できる論文を索引化し、エージェントが根拠に基づく回答を合成。
各業界のパートナーシップ概要
いずれも「探索 → 検証 → 絞り込み」のループをAIが加速する構造が共通している。

自律ラボとの融合が示す次のフェーズ

自律ラボとの融合が示す次のフェーズ

パシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)との協業は、AIエージェントが物理世界と直接つながる未来を明確に示している。ここでは、Discoveryが仮説を生成するだけでなく、ロボット実験設備を直接駆動し、得られた実験結果をリアルタイムで学習して次の指示を出す「自己駆動型の科学ワークフロー」が実証されている。

PNNLのRobert Runkle氏は、これを「ロボティクスと自律ラボがAIとクラウドインフラと融合した、一つのインテリジェントなクローズドループ発見エンジン」と表現する。アイデアから実際のブレイクスルーまでのタイムラインを劇的に短縮し、材料合成や生物学における新時代の扉を開くものだという。

従来の実験サイクル (手動分断)
仮説 手動実験 分析 次の仮説
※各段階の移行に数日~数週間の待機時間が発生。人間のスケジュールに依存。
PNNLのクローズドループ (完全自律)
AI仮説生成 ロボット実行 即時学習 再実行
※人間の介在なしにループが回り続ける。専門家は監視と方向付けに専念。

この動きは、ケンブリッジ・コンサルタンツが「数か月の実験作業を数日から数時間に変える」と表現したインパクトと完全に一致する。AIが提案し、ロボットが試し、その結果をAIが解釈する、このサイクルが自動で回り始めたとき、研究開発の定義そのものが変わるだろう。

この記事のポイント

  • Microsoft DiscoveryはR&Dワークフローの再現性と透明性を確保するエージェントAI基盤
  • クラウド上の本格運用と、個人が即日試せるローカルアプリの二軸で提供開始
  • 研究における「仮説→実験→検証」の反復ループを、専門家の判断を中心に据えつつ加速する設計
  • バッテリー開発、創薬、鉱業など、実際の産業応用で開発スピードを劇的に向上させた事例が複数報告されている
AIだけでは企業変革できない、カギは実行基盤(Azureブログ発表)

AIだけでは企業変革できない、カギは実行基盤(Azureブログ発表)

AIが企業のあらゆるワークフローに浸透し始めている。だが、本当の変革をもたらすのは最先端のAIモデルそのものではなく、それを動かすシステムの設計だという指摘が、マイクロソフトの公式ブログで発表された。同社はエージェントを中心とした統合プラットフォームを打ち出し、開発から運用、ガバナンスまでを一貫して支える環境を構築している。

発表の背景には、個別のAIチャットボットや単発のツール導入に終始する企業では、大規模な業務変革が進まないという現実がある。Azure Blogの記事では、複数のAIエージェントが部門を横断して長期間にわたり作業を実行し、しかも統制の取れた形で運用できる仕組みこそが次世代の競争力を決めると述べられている。

なぜAI単体では不十分なのか

なぜAI単体では不十分なのか

エージェントがもたらす真の変革

Azure Blogによれば、現在の企業AI活用で話題になるのはチャットボットのような対話型インターフェースだ。だが、そうしたエクスペリエンスは便利ではあるものの、組織全体のオペレーションを根本から変えるものではない。真に価値があるのは、ソフトウェア開発、サポート、財務、人事、運用といった複数の業務領域で、複数のAIエージェントが連携し、長期にわたって作業を自律的に遂行することである。

エージェントが本格稼働するには、単に強力なAIモデルやスケーラブルな計算資源が手に入れば良いわけではない。エージェントを「誰が」「どのデータを使って」「どう安全に」動かすかという企業コンテキスト、ポリシー、人的監視の枠組みが不可欠だ。Azure Blogの記事では、これらを欠いた状態では、AIの導入は断片的で脆弱、大規模に信頼するのが難しいと指摘している。

個別ツールの寄せ集めではリスクが高まる

多くの企業は、コード生成ツール、データ連携基盤、実行環境、監視システムをそれぞれ別々に導入し、後付けで連携させる方法を取りがちだ。だがAzure Blogの記事は、こうしたばらばらのツールを寄せ集めただけの環境では、開発速度が落ち、不必要なリスクを招くと警告している。たとえば、エージェントに意図しないアクセス権が渡ったり、部門間でガバナンスが効かなくなったりする問題が起こり得る。

従来のツールの寄せ集め(Before)
コードビルド データ連携 実行環境 監視 セキュリティ
ツールがバラバラで連携が難しく、エージェントの管理が複雑化
Microsoft統合プラットフォーム(After)
GitHubで構築 Microsoft IQで文脈化 Foundryで実行 Agent 365で統治 継続的改善
単一の統合システムでエージェントのライフサイクルを管理し、信頼性と効率を向上

このデモで示したように、断片化したツール群ではエージェントの挙動を一貫して管理できない。マイクロソフトの新たなアプローチは、これらの要素を統合した単一のプラットフォームでエージェントを動かす点にある。

Microsoftの統合エージェントプラットフォームとは

Microsoftの統合エージェントプラットフォームとは

Azure Blogの発表では、同社が「包括的エージェントプラットフォーム」を構築していると説明されている。このプラットフォームは、多様なAIモデルをサポートしながら、開発者を中心に据えた柔軟な設計になっている。そして何より、実際の本番ワークロードを動かし、組織の複雑さとビジネス責任を扱える水準を目指している。

3つの設計原則

このプラットフォームは、以下の3つの基本原則に基づいて設計されている。

  • 単一の統合システムで多様なモデルをサポートする:Azure、GitHub、Microsoft IQ、Fabric、Foundry、Windows、Microsoft 365、Microsoft Securityを一つのシステムとして連携させる。これにより、構築から改善までをバラバラのツールなしで行える。さらに、マイクロソフト自社モデルだけでなくパートナーモデルやオープンモデルも自由に選べる。
  • セキュリティとガバナンスが設計に組み込まれている:Entra、Purview、Defender、Agent 365といったセキュリティスタックを開発段階から本番まで一貫して適用する。後付けではなく、システムにネイティブに統合されたガバナンスを実現する。
  • 継続的に改善する:エージェントの動作結果や人間からのフィードバックをシステムに還元し、時間とともに安全に改善させる。モデルやワークフローが企業固有の業務プロセスに適合し、使い続けるほど価値が複利的に高まる仕組みを目指す。

これらの原則は今や「あると良い」ものではなく、競争力を左右する必須条件になるとAzure Blogの記事は強調している。四半期単位で差がつくという見立てだ。

エージェントライフサイクルの全体像

エージェントライフサイクルの全体像

では、このプラットフォーム上でエージェントはどのように構築され、動いていくのか。Azure Blogの発表に沿って、主要な段階を順を追って見ていく。

構築〜GitHubで開発する

エージェントの開発は、すでに多くの開発者が日常的に使うGitHubを起点とする。コードベース、ワークアイテム、スキル、ツールなど重要なアセットを同じ場所に集約し、本番ソフトウェアと同じライフサイクル(ソース管理、テスト、デプロイ、監視、改善)をエージェントにも適用する。

GitHub Copilotを活用してコード作成を加速し、評価(eval)や可観測性(observability)のアセットもバージョン管理下に置く。これにより、最初から適切なガードレールを備えたエージェント開発が可能になる。発表では、このために新しいGitHubアプリが提供されることも述べられている。

企業データの文脈化〜Microsoft IQ

コードだけでは、エージェントは汎用的なAIにとどまる。真に役立つには、顧客情報、製品データ、契約書、業務プロセスといった企業特有の文脈を理解しなければならない。Azure Blogの記事では、いくら高性能なモデルを使っても、企業文脈なしでは推測に過ぎないと指摘している。

Microsoft IQは、Microsoft 365や基幹業務システム、ナレッジベース、自社ウェブサイトなど、社内外のデータソースにエージェントを接続する。さらに、Web IQによってウェブ上の情報も適切に取り込める。単にデータにアクセスさせるのではなく、情報を整理し、エージェントが扱いやすい形で安全に提供する点が重要だ。

さらに、Frontier Tuningと呼ばれる仕組みによって、実際の業務データとワークフローからモデルを改善できる。今回発表された音声、画像、コーディング、推論向けの7つの新しいMAIモデルを含め、モデルが企業のプロセスを学習し、その企業に特化した知能として機能するようになる。学習結果は企業の環境内に保持されるため、知的財産は外部に出ない。

実行環境〜Foundry

構築し文脈化したエージェントは、本番環境で実行されなければならない。Foundryは、エージェント特有の要求(推論、ツール呼び出し、他のエージェントとの連携、時間経過による適応)に応えるランタイムだ。

Foundryでは、タスクやコストに応じて最適なモデルを選択できるルーター機能を備え、Fireworks AIによる高速な推論も統合している。Microsoft Agent Frameworkはもちろん、LangGraph、GitHub Copilot SDK、Claude Agent SDKなど多様なエージェントフレームワークもサポートする。ツールやアクションはMCP、コネクター、API、ワークフロー経由で安全に実行され、評価とトレースによってエージェントの振る舞いを計測可能にしている。

ガバナンス〜Agent 365

ひとたび企業全体で何百、何千ものエージェントが稼働し始めると、全体を把握し制御するガバナンスが不可欠になる。Agent 365は、組織内の全エージェントを単一のカタログに表示し、誰がデプロイしたか、どのデータやツールにアクセスできるか、どのように動作しているか、コストはいくらかをIT管理者が一元的に確認できる仕組みだ。

Entra、Purview、Defenderと連携し、必要に応じてポリシーを強制したりアクションを取ったりできる。これにより、設計の良いエージェントもそうでないエージェントも、組織として統制下に置かれる。Azure Blogでは、ガバナンスの基盤が最初から組み込まれている点が後付けとの大きな違いだと強調されている。

継続的改善ループ

エージェントシステムは静的なままではない。すべての動作結果やフィードバックがシグナルとして蓄積され、評価、改善、安全なロールアウトが繰り返される。この学習ループは本番環境で連続的に動作し、プロンプトの調整からモデルルーティング、ファインチューニング、強化学習まで、段階的に高度化していく。

Azure Blogの記事は、このプロセスを「hill-climbingモデル」と表現し、システムを稼働させながら価値を複利で高める考え方を示している。重要なのは、改善ループが完全な自動化ではなく、人間の監査と修正のもとで制御されることだ。

業務現場への提供〜TeamsとAzure

エージェントの価値は、実際に業務を行う人々の手元に届いて初めて発揮される。このプラットフォームでは、TeamsやMicrosoft 365、自社アプリケーションの中にエージェントが自然に表面化する。アイデンティティ、セキュリティ、コンプライアンスは最初から組み込まれており、日常業務で使うツールと同じ信頼モデルを継承する。

また、Windows環境での最適化されたエージェント実行、クラウドとローカルの両方でのモデル稼働、サンドボックス技術による常駐型エージェントの安全な動作もサポートされる。大規模なAIワークロードやグローバルな展開が必要な場合は、Azureが基盤として全体をスケールさせる。

システムが価値を複利で増幅させる仕組み

システムが価値を複利で増幅させる仕組み

Azure Blogの発表は、結局のところ、AI活用で先行する企業は「中央のAIプラットフォーム」を中心に業務を再編し、データ、モデル、エージェント、人間の判断を一つの継続的に改善する安全なシステムへと収斂させていくと述べている。システムが稼働し続けるほどその価値は複利的に増大し、ボトルネックは作業量から人間の創造性と調整へと移行する。

このビジョンでは、個々の担当者が共有された文脈のもとで自律的に仕事を進められるようになり、引き継ぎや摩擦は減り、ビジネス全体のスピードが上がる。マイクロソフトのエージェントプラットフォームは、まさにその「統合されたオペレーティングシステム」として機能することを目指している。

この記事のポイント

  • Azure Blogの最新発表では、企業AIの成否はモデル単体ではなく、エージェントを動かすシステム設計にかかっていると指摘されている。
  • 個別ツールの寄せ集めはリスクを高めるため、GitHub、Microsoft IQ、Foundry、Agent 365などによる統合アプローチが提唱されている。
  • エージェントライフサイクル全体(構築、文脈化、実行、ガバナンス、継続改善)を単一システムで回すことで、信頼性とビジネス価値が複利的に高まる。
  • セキュリティとガバナンスは設計段階から組み込まれ、人的監視のもとでAIが安全に改善し続ける仕組みが特徴。
Azure Cobalt 200 VMが50%性能向上、エージェンティックAIに最適化

Azure Cobalt 200 VMが50%性能向上、エージェンティックAIに最適化

Cobalt 200 VMの概要とプレビュー提供開始

Cobalt 200 VMの概要とプレビュー提供開始

Microsoft Build 2026にあわせ、Azure Cobalt 200 Armベース仮想マシンの早期アクセスプレビューが発表された。Azure Blogの記事によれば、第2世代の自社設計Armプロセッサを搭載するこのVMは、前世代Cobalt 100と比べて最大50%のCPU性能向上を達成し、とくにエージェンティックAIやクラウドネイティブなスケールアウト型ワークロードでの利用を見据えている。

Cobalt 200はシリコンからサーバー、サービスまでを一貫してMicrosoftが設計し、セキュリティ、ネットワーク、ストレージ、オフロード処理の最新技術を統合した。これにより、AI推論、データパイプライン、Web API層といった多様な負荷で、パフォーマンスとコスト効率の両立を狙う。Azure Blogの記事では「エージェントは従来のワークロードとは異なり、推論や逐次的意思決定を連続的に大規模実行するため、根本的に異なる計算プロファイルが求められる」と指摘している。Cobalt 200はまさにその要件に応える設計だ。

Cobalt 100からの性能向上と新アーキテクチャ

Cobalt 100からの性能向上と新アーキテクチャ

Cobalt 100はすでに世界32のAzureリージョンで稼働し、DatabricksやSnowflakeといったクラウド分析の大手が導入している。Microsoft自身のサービスでも、以前の基盤と比べて最大45%の性能向上を達成しつつ、使用コア数を35%削減できた実績がある。Azure Blogの記事によると、Microsoft Defender for Endpointのサイバーデータキュレーターでは40%の性能改善が確認され、大規模な脅威対応の高速化に貢献した。

Cobalt 200 VMは、この知見を土台にさらに一段上の性能を提供する。SoC(System-on-Chip)には、Arm Neoverse V3 Compute Subsystems(Armの高性能Vシリーズコア)を採用し、TSMCの3nm(N3P)プロセスで製造される。チップレットアーキテクチャ、カスタムアクセラレータ、そして専用設計のメモリコントローラを備え、L2キャッシュはコアあたり3MB、システムレベルのL3キャッシュは192MBに拡張された。これにより、データベースやインメモリキャッシュ、分析エンジンなど、データ集約型サービスのレイテンシ低減と応答性向上が期待できる。

Cobalt 100 VM(Before)
CPU性能
60(相対値)
Webサービング
70
データベース
40
Cobalt 200 VM(After)
CPU性能 +50%
90
Webサービング +40%
98
データベース +135%
94

この図は主要なクラウドワークロードにおけるCobalt 100からCobalt 200への相対性能の向上を示している。CPU性能は50%、Webサービングは40%、そしてデータベース処理では最大135%の改善を達成している(Azure Blogの記事に基づく)。

ネットワーク帯域幅は15%向上し、NVMeリモートストレージのIOPSは20%、スループットは10%改善する。さらに最大128vCPUまでのスケールアップが可能になった。メモリ暗号化がデフォルトで有効化されている点も、セキュリティ要件の厳しいエンタープライズ環境にとっては大きな前進だ。

エージェンティックAIに最適化された設計

エージェンティックAIに最適化された設計

Azure Blogの説明では、Cobalt 200の各コアは完全な物理コアであり、3MBの専用L2キャッシュとコアあたりの高いメモリ帯域を備える。この設計により、負荷時のアイソレーション性能が高く、エージェントのサンドボックスをVMあたりにより多く詰め込める。エージェンティックAIでは、複数のAIエージェントが並行して推論やツール呼び出しを行うため、スループットとレイテンシの両面で安定した性能が求められる。Cobalt 200はその期待に応える基盤となる。

データ集約型のキャッシュワークロードでは最大80%の性能向上が報告されており、通信暗号化処理では45%、クラウドデータベースでは135%という数字がAzure Blogの記事に示されている。こうした値は、大規模な本番サービスで確認された実測値であり、単なる理論上のピーク性能にとどまらない。

パートナー企業とMicrosoft内部サービスでの導入

パートナー企業とMicrosoft内部サービスでの導入

プレビュー期間中から複数のテクノロジーパートナーがCobalt 200 VMを評価し、すでに有望な結果を得ている。Azure Blogに掲載されたTeradataのEngineering FellowであるBrandon Mincey氏のコメントでは、早期テストが有望だったとし、両社の共同顧客のニーズに合わせた設計へのフィードバックを続けているという。Elasticのプロダクト管理ディレクターYuvraj Gupta氏も、検索AIプラットフォームの性能とコスト効率のさらなる改善に期待を示した。

ArmのCloud AIビジネスユニット担当VP Eddie Ramirez氏は、エージェンティックAIがクラウドを再構築していると述べ、Arm Neoverse CSS V3をベースにしたCobalt 200が、次世代のAI駆動型サービスを可能にするとコメントしている。CanonicalのPublic Cloud AllianceディレクターJehudi Castro-Sierra氏は、メモリ暗号化のデフォルト有効化や圧縮・暗号化のアクセラレーションといった進歩が本番Linuxワークロードにとって重要だとし、Ubuntu ProのLivepatchによるArm環境での再起動不要なカーネル更新にも言及した。

Microsoft自身のサービスでも導入が進む。Power Platformの中核を担うDataverseでは、Cobalt 100での良好な実績を踏まえ、Cobalt 200の検証でベースワークロードが最大60%高速化したとAzure Blogの記事は紹介している。Azure SQL Databaseにおいても、圧縮・暗号化アクセラレータを活用することで、重要なクエリ処理リソースを解放できると期待されている。

VMファミリーと仕様

VMファミリーと仕様

Cobalt 200 VMでは、従来の汎用(Dp, Dpl)やメモリ最適化(Ep)に加え、新たに高メモリ最適化Mpsv4シリーズと高密度ローカルストレージのLpsv5シリーズが追加された。これにより、大規模インメモリデータベースやビッグデータ分析、検索エンジンといった多様なニーズに対応できる。以下が主なシリーズの概要だ。

汎用 Dpsv7/Dpdsv7
vCPU 1〜128、メモリ比 4:1、最大7TiBのローカルNVMe。Web/APサーバーや小中規模DBに。
メモリ最適化 Epsv7/Epdsv7
vCPU 1〜128、メモリ比 8:1、最大7TiBローカルNVMe。大規模RDBやキャッシュに。
高メモリ最適化 Mpsv4/Mpdsv4(新設)
vCPU 1〜84、メモリ比 16:1、最大4.4TiBローカルNVMe。大規模インメモリDBやERP向け。
ストレージ最適化 Lpsv5(新設)
vCPU 1〜128、メモリ比 8:1、最大23TBのローカルNVMe。前処理やビッグデータ分析に。
※すべてのCobalt 200 VMは最大85Gbpsのネットワーク帯域と70Gbpsのリモートストレージスループットを備える(Mpsv4シリーズは70Gbps/46Gbps)。

リモートディスクはStandard SSD、Standard HDD、Premium SSD、Ultra Diskに対応し、Azureポータル、SDK、API、CLIなど既存の手法でデプロイできる。プレビューは米国西部3、東部2、中央、スウェーデン中部などから開始され、今後リージョンが拡大される予定だ。

開発者エコシステムとArm互換性

開発者エコシステムとArm互換性

Cobalt 200 VMは、現行のCobalt 100ワークロードとの完全な互換性を維持する。C++、.NET、Java、Python、Rustといった主要言語のArmネイティブ版がすでに最適化されており、GitHub ActionsもセルフホストランナーやGitHub-hostedランナーを通じてArmをサポートする。Azure Kubernetes Service(AKS)ではArmエージェントノードとx86/Arm混在クラスタの両方に対応し、コンテナ化されたワークロードの移行も容易だ。

クラウドインフラにおけるArm採用の流れはとどまるところを知らない。Cobalt 200の登場は、単なる性能向上にとどまらず、エンタープライズ向けのセキュリティと管理性をArmエコシステム全体に持ち込む転換点になるだろう。Azure Blogの記事は「Cobalt 200はAzureのカスタムシリコン戦略の新章」と位置づけており、今後のさらなる展開が注目される。

この記事のポイント

  • Cobalt 200 VMがMicrosoft Build 2026で早期アクセスプレビュー公開。Cobalt 100比で最大50%のCPU性能向上
  • 128vCPUまでのスケールアップ、NVMeストレージのIOPS/スループット改善、デフォルトのメモリ暗号化を実装
  • エージェンティックAIに求められる高い並列性と低レイテンシに最適化された専用設計
  • Teradata、Elastic、Arm、Canonicalなど主要パートナーが早期評価で有望な結果を示し、Microsoftの内部サービスでも性能改善を確認
  • 新たなVMファミリーでより多様なワークロードに対応し、Armエコシステムの成熟がさらに加速する見通し
Azure Integrated HSM がオープンソース化、FIPS 140-3 Level 3 準拠のハードウェアセキュリティを全サーバーに統合

Azure Integrated HSM がオープンソース化、FIPS 140-3 Level 3 準拠のハードウェアセキュリティを全サーバーに統合

Microsoft は2026年4月30日、全 Azure サーバーに統合されるハードウェアセキュリティモジュール「Azure Integrated HSM」をオープンソース化する計画を発表した。このモジュールは改ざん耐性を備え、FIPS 140-3 Level 3 に準拠する。クラウド上の暗号鍵を、ソフトウェアやネットワーク層ではなくハードウェアチップ内で保護する設計だ。

Azure Integrated HSM は、従来の集中型 HSM サービスとは異なり、各サーバーに直接組み込まれる。鍵の生成から利用までをサーバー内の専用チップに閉じ込め、メモリ上やネットワーク越しの鍵窃取を原理的に不可能にする。本記事では、この仕組みとオープンソース化の意義、そして鍵管理の新しいアプローチを解説する。

Azure Integrated HSM がもたらすサーバーローカルの保護

Azure Integrated HSM がもたらすサーバーローカルの保護

HSM(Hardware Security Module)は、暗号鍵を安全に生成・保管するための専用ハードウェアだ。耐タンパー性を持ち、物理的な分解や不正アクセスを検知すると鍵を自動消去する仕組みを備える。Azure Integrated HSM はこの HSM を Azure サーバーのマザーボード上に統合し、すべての新規サーバーに標準搭載する。

本モジュールが準拠する FIPS 140-3 Level 3 は、政府や金融など規制産業で要求される最高水準のセキュリティ認証だ。Level 3 では、強固な改ざん抵抗性、ハードウェアによる隔離、物理的・論理的な鍵抽出の防止が求められる。この基準をクラウドインフラのデフォルトとして実装する点が、今回の取り組みの大きな特徴といえる。

従来の集中型 HSM とローカル保護モデルの違い

従来の集中型 HSM モデル
暗号鍵はネットワーク経由でリモートの HSM に保存され、鍵を使うたびにネットワーク呼び出しが発生する。全ワークロードが同じ HSM サービスに依存し、単一障害点やスケーラビリティのボトルネックを生みやすい。
※ 共有の攻撃対象範囲、ネットワーク遅延、スケーラビリティ制約
Azure Integrated HSM ローカル保護モデル
暗号鍵は各サーバー内の専用ハードウェアに閉じ込められ、処理中も外部に出ない。ネットワーク越しの移動がなく、盗聴やメモリダンプによる抽出が不可能になる。
※ ローカル完結、低遅延、スケーラブル、検証可能な信頼
(図は概念的な比較です)

集中型モデルでは、鍵管理サービスがネットワークの向こう側にあり、すべてのサーバーがそこへ依存する。一方、Integrated HSM は鍵をサーバー内のハードウェア境界に留め、ワークロードが直接利用できる。これにより、ネットワークを介した盗聴や、ホストメモリを狙った攻撃が根本から排除される。

オープンソース化で透明性と信頼を強化

オープンソース化で透明性と信頼を強化

Azure Blog の記事によれば、Microsoft は OCP(Open Compute Project)EMEA Summit で、Azure Integrated HSM のファームウェア、ドライバ、ソフトウェアスタックをオープンソースとして公開する計画を明らかにした。あわせて OCP ワークグループを立ち上げ、アーキテクチャ設計やプロトコル仕様の策定までコミュニティ主導で進める。

すでに GitHub 上に Azure Integrated HSM のファームウェアリポジトリが公開され、OCP SAFE 監査レポートなどの検証成果物も参照可能だ。これにより、クラウド事業者の自己申告だけに頼らず、第三者が実装を直接検証できる土台が整う。特に、独立した監査が必須となる規制産業やソブリンクラウドにとって、この透明性は大きな意味を持つ。

セキュリティ機能を「信じて使う」から「検証して使う」へ移行できることは、AI 推論や国家規模のデジタルインフラを支える暗号基盤として極めて重要だ。プロプライエタリなプロトコルへの依存を減らし、相互運用性と監査可能性を高める実践的な一歩といえる。

階層化された鍵管理のアプローチ

階層化された鍵管理のアプローチ

Azure Integrated HSM は、既存の Azure Key Vault や Azure Managed HSM を置き換えるものではない。これらはこれまで通り、一元的な鍵ライフサイクル管理やポリシー制御を提供する。Integrated HSM は新たなレイヤーとして、鍵が「保存中」だけでなく「使用中」もサーバーローカルで保護する仕組みを追加する。

また、TDISP(TEE Device Interface Security Protocol)などの業界標準をサポートし、機密コンピューティング環境との安全なバインドを実現する。今後数週間で、Azure V7 仮想マシンを通じて全世界の顧客が利用可能になる予定だ。

クラウドセキュリティの新標準としての可能性

クラウドセキュリティの新標準としての可能性

Azure Integrated HSM では、暗号鍵がハードウェアの外部に一切出ない。鍵はホストメモリ、ゲストメモリ、ソフトウェアプロセスに現れることなく、暗号処理が実行される。これにより、メモリやソフトウェア層を標的とした鍵・認証情報の窃取攻撃のクラスが根本から無効化される。

セキュリティはポリシーや運用規律に頼らず、シリコンによって強制される。信頼は「契約上の約束」ではなく、ハードウェアによる証明へと変わる。さらに、ハードウェアのルートオブトラスト、計測ブート、アテステーションにより、承認済みのハードウェアやファームウェアが稼働していることを暗号学的に検証可能だ。

サーバー単位で保護がスケールするため、共有ボトルネックやネットワークホップが不要になり、パフォーマンスを犠牲にすることなくセキュリティを確保できる。機密コンピューティングや Azure Boost、データセンター制御モジュールと組み合わせることで、シリコンからソフトウェアまでの垂直統合された信頼チェーンが構築される。Microsoft は、この基盤をオープンにすることで、より安全で透明性の高いクラウドインフラの標準化を目指している。

この記事のポイント

  • Azure Integrated HSM は全 Azure サーバーに統合され、改ざん耐性と FIPS 140-3 Level 3 準拠の鍵保護をハードウェアで実現する
  • ファームウェアやドライバがオープンソース化され、OCP を通じたコミュニティ主導の開発が進む
  • 集中型 HSM に依存せず、ローカルで鍵を守ることでネットワーク越しの攻撃やメモリ窃取を排除する
  • Azure Key Vault など既存の鍵管理サービスと組み合わせ、鍵のライフサイクル全体を階層的に保護する
  • アテステーションによりハードウェアレベルの信頼を検証可能とし、クラウドセキュリティの新たな標準を築く