
grüumがShopifyとMagentoを評価しWooCommerceを選んだ理由
イギリス発のスキンケアブランド「grüum(グルーム)」は、月間8万件の注文を1人のフルタイム開発者で処理する。2023年、彼らは成長に伴い「WooCommerceでこのまま進むべきか」を再検討した。Shopify PlusとMagento(Adobe Commerce)を4か月かけて評価した結果、grüumはWooCommerceに残る決断を下した。
その背景には、複雑な商品構成を維持するための柔軟性、サブスクリプション収益に比例する手数料の回避、そして顧客データの完全な所有権があった。本記事では、月間8万件規模のEC事業者が下したプラットフォーム選定の判断基準を具体的に解説する。
grüumのビジネスモデルと商品構成の複雑さ

grüumは2016年、英国とオランダで活動する4人の同僚によって設立された。当初は男性向けスキンケアとシェービング製品を中心に約10商品でスタートしたが、現在では年齢や性別を問わず使えるスキンケア、ヘアケア、ボディケア、シェービング製品を展開する。売れ筋はシャンプーバーで、累計数百万個を販売している。
製造は英ストックポートの自社工場で一貫して行い、化粧品科学者も社内に抱える。段ボール包装の徹底、水を使わない製剤、天然成分の使用など、サステナビリティを製品開発の中心に据えている点が特徴だ。
300SKUを支える特殊なバンドル構造
grüumは約300SKUの商品を扱い、単品購入、定期購入(サブスクリプション)、そして独自の組み合わせが可能なバンドル販売を提供している。共同創業者のBethanie Sleigh氏は「私たちは製品の設定方法に多くの独自の仕組みを持っている」と語る。彼らの商品バンドルは「内容物、価格設定、在庫管理」を1つの設定単位として扱う必要がある。
具体的には、顧客は石鹸セットを購入した上で別の製品を追加したり、個別の製品を定期購入に切り替えて割引を受けたりできる。このような複雑な商品構成は、標準的なECプラットフォームの枠組みでは再現が難しい。
オープンソースであるWooCommerceは、条件付きロジックを必要とするバンドル機能があれば、拡張機能を導入するか開発者が独自に作成できる。ほとんどのEC事業者には不要な機能でも、特殊なカタログ構造を持つブランドにとっては事業形態を変えずに販売を継続できることを意味する。
Shopify Plusがgrüumのビジネスに合わなかった理由

grüumが最初に評価したShopify Plusは、ホスティングやセキュリティをプラットフォーム側で管理するSaaS型ECの代表格だ。しかし、grüumの複雑な商品構成を前にして、Shopify Plusではビジネス側をプラットフォームに合わせる必要があった。
プラットフォームに事業を合わせるのか、事業にプラットフォームを合わせるのか
共同創業者のSimon Leonard氏は「Shopify Plusに移行するなら、私たちのビジネスをプラットフォームに合わせて変えなければならなかった」と振り返る。WooCommerce Blogの記事によれば、grüumのバンドル構造(内容物、価格設定、在庫管理を1つの設定単位として扱う)はShopify Plusではネイティブにサポートされていなかった。
この制約は、EC事業者にとって重要な分岐点を浮き彫りにする。プラットフォームのデフォルト機能から外れた運用をしている場合、SaaS型では「ビジネスを変える」か「高額なカスタム開発に投資する」かの二択になりがちだ。WooCommerceはオープンソースであるため、プラットフォームを事業に合わせて拡張できる。Leonard氏は「私たちはWooCommerceを自分たちのビジネスに合わせて機能させることができる。原則を変える必要はない」と結論づけた。
サブスクリプション収益に比例する手数料の重み
grüumにとってサブスクリプション(定期購入)は重要な収益源だ。全収益の10%を占め、平均継続期間は30か月に達する。この定着率の高さゆえに、サブスクリプションのインフラコストは事業の収益性を大きく左右する。
Shopifyはサブスクリプション収益に対して売上の一定割合を手数料として課金する。Leonard氏が試算したところ、サブスクリプション経由で100万ポンド(約1.9億円)から1,000万ポンド(約19億円)の売上がある場合、年間10万ポンド(約1,900万円)規模の手数料が発生する計算になる。
一方、WooCommerce Subscriptionsは定額制の年間ライセンス料で提供される。grüumの規模では、Shopifyの従量課金モデルと比較して大幅なコスト削減につながる。これは「成長すればするほど手数料が増える」モデルと「成長しても固定費で済む」モデルの構造的な違いだ。
この料金体系の違いは、月間8万件の注文を処理するEC事業者にとって年間数百万円規模のコスト差を生む。WooCommerce Blogの記事でも、Leonard氏が「サブスクリプションで100万ポンドや1,000万ポンドの売上があると、すぐに年間10万ポンドの出費になる」と試算したことが紹介されている。
Magento(Adobe Commerce)の運用負荷とコスト構造

grüumが次に評価したMagento(現在のAdobe Commerce)は、エンタープライズ向けの高度なカスタマイズ性を持つオープンソースプラットフォームだ。Shopify Plusとは異なり、Magentoは拡張性の面ではgrüumの要件を満たす可能性があった。
専任の技術チームが不可欠な運用現実
しかし、Magentoの運用には相応の技術リソースが必要になる。サーバー管理、パフォーマンスチューニング、セキュリティパッチ適用、バージョンアップ対応などを継続的に行うには専任の技術スタッフが欠かせない。Leonard氏は「ウェブサイトを運営するために20人のチームを雇うつもりはなかった」と語っている。
grüumの開発チームはフルタイム1人とパートタイムのQAテスター1人という最小構成で運営されている。Magentoの運用に必要なリソースは、この体制では経済的に成立しなかった。拡張性の高さと引き換えに、運用負荷とインフラコストが大きく跳ね上がる点が決定的なマイナス要因となった。
これは中規模EC事業者にとって重要な示唆だ。機能の豊富さや拡張性だけでプラットフォームを選ぶと、運用フェーズで想定外のコストが発生する。自社の技術リソースと運用体制を正確に見積もった上で判断する必要がある。
この比較から見えるのは、ECプラットフォーム選定において「機能の多さ」よりも「自社の運用体制に合うか」が重要だということだ。grüumはMagentoの拡張性を評価しつつも、1人体制で回せる軽量な運用を優先した。
1人の開発者で月間8万件を処理できる運用設計

grüumのWebサイトは、フルタイム開発者1人とパートタイムのQAテスター1人で運用されている。小規模なコンテンツチームが商品登録、ページ作成、日々のコンテンツ更新を担当し、開発者の手を借りることはほとんどない。
非エンジニアが自律的に運営できるツール選定
コンテンツチームはページ作成にGutenberg(WordPressのブロックエディタ)、ナビゲーション管理にMax Mega Menu、SEO対策にYoast SEOを使用している。商品リスティング、プロモーション、季節ごとの更新はすべて開発者の介在なしで完了する。
この分業が成立するのは、WordPressエコシステムに成熟したノーコードツールが豊富に存在するからだ。grüumの開発者は、ルーチン作業ではなく顧客体験の改善や新機能の開発に集中できる。WooCommerce Blogの記事によれば、CTOの試算では「以前なら1年かかっていたタスクがWooCommerceなら1か月で完了する」という。開発速度の差はそのままコスト削減と市場投入の迅速化につながる。
決済基盤としてのWooPayments
決済についても、grüumはWooCommerceネイティブのWooPaymentsを選択した。外部の決済サービスを別途契約するのではなく、WooCommerceに統合された決済基盤を使うことで管理の一元化と手数料の最適化を図っている。プラットフォームと決済が分離していると、売上データの突合や手数料計算が複雑化するが、統合されていれば管理負荷が大幅に下がる。
この構成図からわかるように、grüumの運営は「開発者がルーチン作業から解放されている」点が最大の強みだ。コンテンツチームが自律的に動けるツールを選び、開発者は成長のための改善に専念する。この分業設計が1人体制での月間8万件処理を可能にしている。
データ所有権がもたらす事業の独立性

grüumがWooCommerceに残る決断をした理由の最後の1つが、データ所有権だ。SaaS型ECプラットフォームでは、顧客データや購買履歴はプラットフォーム側のデータベースに保存され、事業者が自由にアクセスできるとは限らない。移行時にはデータのエクスポートに制限があったり、追加費用が発生したりするケースもある。
30か月の顧客関係を自社で保有する意味
grüumのサブスクリプション顧客の平均継続期間は30か月だ。この間に蓄積された購買履歴、好み、購買パターンは、マーケティング戦略の基盤となる重要な資産である。Leonard氏はWooCommerce Blogの記事で「データは私たちのものだ。他のサブスクリプションプラットフォームとは大きく異なる。顧客をサードパーティに渡すのではなく、自分たちで管理できる」と述べている。
オープンソースのWooCommerceでは、データベースは事業者のサーバー上に存在する。仮に将来プラットフォームを移行する場合でも、データを完全な形でエクスポートできる。これはSaaS型プラットフォームにはない構造的な優位性だ。特にサブスクリプションモデルで長期的な顧客関係を構築しているEC事業者にとって、データアクセスの制限は重大な事業リスクになる。
データ所有権の問題は、短期的なコスト比較では見落とされがちだ。しかし、サブスクリプション事業のように顧客との長期関係が収益の柱となるビジネスモデルでは、データの可搬性とアクセス権が戦略的な価値を持つ。grüumの判断は、この点を明確に意識したものと言える。
この記事のポイント
- grüumは月間8万件の注文を1人の開発者で処理する中規模EC事業者であり、Shopify PlusとMagentoを評価した結果WooCommerceに残る決断を下した
- 複雑な商品バンドル(内容物、価格設定、在庫管理の一元設定)はShopify Plusではネイティブにサポートされず、ビジネス側をプラットフォームに合わせる必要があった
- サブスクリプション収益に対する従量課金(Shopify)と定額制(WooCommerce)の差は、年商1,000万ポンド規模で年間約10万ポンドのコスト差を生む
- Magentoは拡張性は高いが、運用に専任の技術チームが必要で、grüumの1人体制では経済的に成立しなかった
- オープンソースのWooCommerceはデータベースを事業者が完全に所有でき、顧客データの可搬性とアクセス権がSaaS型よりも優位

・ 複数業界における17年間のデジタルビジネス開発経験
・ ウェブサイト開発のためのHTML、PHP、CSS、JavaScript等の実用的知識
・ 15ヶ国語対応の多言語SaaSの開発経験
・ 17年間にも及ぶ、Eコマース長期運営経験
・ 幅広い業界でのSEO最適化の豊富な経験
