
AWS Graviton5搭載EC2 C9gインスタンスが一般提供開始
計算負荷の高いワークロードを扱う企業にとって、「もう少しだけ処理が速ければ」という場面は多い。AWSが6月30日に発表したEC2 C9g/C9gdインスタンスは、その不満を根本から解決する新世代の計算特化型インスタンスだ。Graviton5プロセッサの投入により、前世代からvCPUあたり最大25%の性能向上を実現した。今回の発表で特に注目すべきは、クラウド最速級となるDDR5-8800MT/sメモリの採用と、正式検証済みのハイパーバイザー分離エンジン「Nitro Isolation Engine」の搭載だ。本記事では、CPU負荷の高いバッチ処理や動画エンコーディングを中心に、新しいインスタンスがどのような場面で威力を発揮するのかを詳しく解説する。
C9g/C9gdインスタンスの位置づけを見極める

AWSのEC2には多様なインスタンスファミリーが存在する。頭文字の「C」はCompute Optimized(計算最適化)を意味し、他のメモリ最適化(Rシリーズ)やストレージ最適化(Iシリーズ)とは設計思想が異なる。計算最適化インスタンスは、vCPUあたりの演算性能を最大化することに特化している。リアルタイム分析、機械学習の推論、動画エンコーディングなど、1秒でも短く計算を終えたい処理に適している。
今回発表されたC9g/C9gdは、2024年秋に登場したGraviton4搭載C8gの後継にあたる。AWS GravitonシリーズはArmベースの独自プロセッサで、x86系のIntel XeonやAMD EPYCと比較して、コストパフォーマンスに優れる点が強みだ。C9gの「g」はGravitonを示し、末尾に「d」がつくC9gdはNVMe SSDによる高速なローカルストレージを内蔵する。
Graviton5プロセッサの進化点を知る
Graviton5の最大の改良点は、メモリ帯域幅の拡張とレイテンシの低減にある。C9gインスタンスはDDR5-8800MT/sのDIMMを採用し、これは現在クラウド上で提供されているプロセッサインスタンスの中で最速のメモリ速度だ。数字だけでは実感しにくいが、これはメモリとCPU間のデータ転送速度が秒間8800メガトランスファー(MT/s)ということを意味する。前世代のC8gがDDR5-5600MT/sだったため、実に57%もの速度向上にあたる。
さらに、CPUのL3キャッシュ容量が5倍に拡張された。キャッシュはCPUとメインメモリの間に位置する超高速なデータ置き場で、容量が大きいほどメモリアクセスの待ち時間を減らせる。AWS News Blogの著者Seb氏によると、これらの改善により、インメモリ分析のスループット向上や、より応答性の高いエージェント型AIループが期待できるという。
ネットワーク面でも強化が施されている。パケット処理性能はGraviton4ベースのインスタンスと比較して最大3倍に向上し、インスタンスサイズ全体の平均でネットワーク帯域が約15%、EBS帯域が約20%増加した。
C9g/C9gdの主要スペック詳細と設計思想

スペック表を見ると、C9g/C9gdは最小のmedium(1vCPU/2GBメモリ)から、最大のmetal-48xl(192vCPU/384GBメモリ)まで11サイズで展開される。48xlargeではネットワーク帯域が100Gbps、EBS帯域が72Gbpsに達し、これは前世代の2倍にあたる。大規模な分散処理やリアルタイム分析基盤において、ネットワークがボトルネックになる状況を回避しやすくなるだろう。
C9gdシリーズには、ローカルのNVMe SSDストレージが追加される。容量は最小のmediumで59GB、最大の48xlargeでは3台合計で11,400GB(3×3,800GB)に達する。NVMe SSDはEBSよりもレイテンシが低いため、以下のような用途に適している。
- HPCシミュレーションのスクラッチスペース(一時的な作業領域)
- 機械学習推論の一時キャッシュ
- アドサーバーのローカルバッファ
ストレージ性能も向上しており、ローカルストレージのパフォーマンスは前世代比で約30%向上した。NVMe経由の詳細なI/Oパフォーマンス統計はCloudWatchやnvme-cli経由で取得可能で、I/Oサイズ別のレイテンシヒストグラムが1秒単位で確認できる。この機能は追加料金なしで利用できる。
Instance Bandwidth Configurationの実用性を測る
C9g/C9gdには、Instance Bandwidth Configuration(IBC)と呼ばれる帯域調整機能が搭載されている。これは、EBSとVPCネットワークの帯域配分を最大25%の範囲で調整できる仕組みだ。例えば、データベースやキャッシュ用途でEBSの帯域を優先したい場合、ネットワーク側を絞ってEBS側に割り当てを寄せることが可能になる。逆に、ネットワーク集約型の分散処理ではVPC側を優先すればよい。固定的な割り当てに縛られない柔軟性は、実運用のチューニングで大きな武器になる。
C9gとC9gdの使い分けフローを整理する
C9gとC9gdはスペックが似ているため、どちらを選ぶべきか迷う場面があるだろう。選択の決め手は「ローカルのNVMe SSDが必要かどうか」に尽きる。AWS News Blogでは、C9gを「バッチジョブ、動画エンコードパイプライン、分散分析」向け、C9gdを「HPCシミュレーションのスクラッチスペース、ML推論の一時キャッシュ、アドサーバーのローカルバッファ」向けとしている。EBSで十分な永続ストレージが足りるならC9g、一時的でも高速なローカルストレージが不可欠ならC9gdを選べばよい。
Graviton5がもたらすエージェント型AIへの適性を読み解く

AWS News Blogの発表では、C9gのワークロード例として「エージェント型AI(agentic AI)」が明記されている。エージェント型AIとは、単なる質問応答を超えて、コードを実行し、複数ステップのタスクを自律的に組み立てて完了させるAIシステムを指す。OpenAIのOperatorやAnthropicのComputer Useが代表例だ。
この種のワークロードでは、大規模言語モデル(LLM)の推論そのものに加えて、Pythonコードの実行、API呼び出し、結果の検証といったCPUバウンドな処理が連続的に発生する。Graviton5のコア数向上と大容量キャッシュは、こうした「思考と行動のループ」を高速化する土台となる。AWSの著者Seb氏によれば、アプリケーションがデータを待つ時間を削減し、結果的にエージェントループの応答性が高まるとのことだ。
AI推論といえばGPUの印象が強いが、実際には前処理、後処理、オーケストレーションの多くがCPU上で動く。ArmベースのGraviton5は、これらの処理を低コストでさばける点が実務的な魅力となる。
Nitro Isolation Engineのセキュリティ強化を理解する

C9g/C9gdは、計算最適化インスタンスとして初めて「Nitro Isolation Engine」を搭載した。これはAWS Nitro Systemの拡張機能で、仮想マシン間のメモリ空間、CPUレジスタ状態、I/Oデバイスへのアクセスを数学的正確さで強制的に分離する仕組みだ。
通常、ハイパーバイザーによる分離はソフトウェアの実装品質に依存する部分があるが、Nitro Isolation Engineは形式検証(formal verification)と呼ばれる数学的手法を用いて分離の正しさを証明している。形式検証とは、仕様を数理論理で記述し、実装がその仕様を厳密に満たすことを機械的に検証する手法だ。テストのように「見つかったバグがない」ではなく、「特定の前提条件下でバグが存在し得ない」ことを保証する。
AWSは2025年にこの技術を発表した際、ハイパーバイザーの分離を形式検証する取り組みについてホワイトペーパーを公開している。今回のC9g/C9gdで初めて、計算最適化インスタンスに実装されたことになる。
セキュリティ要件の厳しい金融サービスや医療データの分析をEC2上で行うケースでは、この正式検証済みの分離機構はインフラ選定の重要な判断材料になる。ソフトウェアレベルではなく、ハードウェア支援と形式検証の組み合わせで隔離を実現している点は、AWSの設計思想として特筆に値する。
利用可能リージョンと料金モデルを確認する

2026年6月30日時点で、C9g/C9gdは米国東部(オハイオ、バージニア北部)、米国西部(オレゴン)、欧州(フランクフルト)の4リージョンで利用可能だ。AWSは追加リージョンへの展開も予定している。
料金モデルはSavings Plans、オンデマンド、スポットインスタンス、Dedicated Instances、Dedicated Hostsに対応する。常時稼働させるワークロードではSavings Plans、短期的なバッチ処理ではスポットインスタンスと使い分けられる。EBSボリュームは仮想インスタンス1台あたり最大128個までアタッチ可能で、大規模データの処理でもストレージ不足に悩むことは少ない。
インスタンスの起動はAWSマネジメントコンソール、AWS CLI、AWS SDKのいずれからでも可能だ。GravitonはArmアーキテクチャのため、AMIやコンテナイメージはArm向けにビルドされたものを選ぶ必要がある。公式のAmazon Linux 2023やUbuntuのArm版AMIはすでに提供されているため、新規導入時の障壁は低い。
この記事のポイント
- C9g/C9gdはGraviton5搭載の計算最適化インスタンス、vCPUあたり25%の性能向上を達成
- DDR5-8800MT/sメモリと5倍のL3キャッシュにより、メモリ待ち時間を大幅に削減
- 48xlargeでは100Gbpsネットワーク帯域と72GbpsのEBS帯域、前世代比2倍に拡張
- Nitro Isolation Engine搭載、形式検証による仮想マシン分離を実現
- エージェント型AIやHPC、動画エンコードなどCPU負荷の高い処理に最適

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